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東京高等裁判所 昭和35年(ラ)909号 決定

抗告人 山田勝男(仮名)

被抗告人 山田徳一(仮名) 外四名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

第一、抗告の理由

一、原審判は、その理由において、被相続人山田太郎の遺産は金四一二万九,三〇〇円相当の不動産があるというのであるが、右不動産全部は次の理由により抗告人及びその妻ヒサの共有に属するものである。

すなわち、昭和三十年初め頃、被相続人の家庭で家庭紛争があり、長男がある抗告人及びその妻ヒサ等を追い出すような話が、被相続人から出たことがあつた。そしてそれが深刻になる気配があつたので、山田家親戚や他家に嫁いだり、勤めて家を離れている被抗告人等全部が寄つて何度か円満に解決する方策を協議していた。そしてその間に抗告人の妻ヒサは家を出て子供と共に実家に身を寄せることになつていた。ところで、そんな家庭の状況では世間体も悪いし、家がつぶれるからというので、昭和三十年五月十日に抗告人宅へ親戚の菅井実、西川三雄、荒川幸男、小山重則等と被抗告人山田徳一代理人妻文子山田藤作、同健二、同広等が集まり、被相続人山田太郎の財産全部を抗告人とその妻ヒサに贈与する、抗告人とその妻ヒサは今まで通り家にあつて家業に専念する、被告人等全部は現在将来共これについて不服を言わないという合意が成立し、これを被相続人も立会いの上確認したものであつた。そして直ちに山田家から使いとして抗告人の妻の実家である新潟県加茂市大字○○○○七五一番地の○、山口耕一郎宅へ、被抗告人山田藤作が赴き、右耕一郎を呼びに行かせて円満解決の相談をもちかけたものであつた。そこで右耕一郎も同日山田の親戚会議に出席して、前記趣旨を確認しあつて、ここに家庭紛争も解決し、抗告人妻ヒサは再び山田の家にもどり、それ以来今日に至るまで、抗告人と共に家業に従事して来たものである。

以上の次第で、本件の不動産全部は抗告人及びその妻ヒサが被相続人山田太郎より、昭和三十年五月十日に贈与を受けていたもので、相続財産と目すべきものではない。登記名義については、登録税や対外的な面を考慮して、そのままにしておくという合意が当時あつて、そのままにしておいた結果被相続人名義になつているに過ぎないものである。

二、もし以上の点が容れられず、本件不動産がなお被相続人の遺産であるとしても、次の如き理由により原審判は取消を免れないものである。すなわち、

(1)  被相続人が被抗告人藤作に、その住家建設資金として贈与した額は僅か金五万円ではなく、土地を借りる際の権利金及び保証金として金五万円ずつ、建築材料代として金一五万金計二五万円を贈与しているものである。

また被抗告人大井ナミに対しては、同人が昭和二十八年四月婚姻するに際し、合計金一五万円相当の嫁入道具を贈与した事実があり、生計の資本と同視すべきものとして、同人の長女出産に際し金五万円相当の家財道具を贈与しているし、同じく同人が心臓病肝臓病等を併発して新潟県立○○病院に入院した際に、その資として、昭和三十年三月から昭和三十一年七月頃までの間に合計金一〇万円相当の金品を贈与している事実がある。

また被抗告人健二に対しては、昭和三十年十一月頃、新潟県加茂市大字○○田辺力の妻が出京した際に言伝けを預つて来たことにより、金一万円を生計の資本として直ちに現金送金し贈与した事実がある。

(2)  また原審判は相続財産の算定に当り、被相続人の遺した金銭債務をなんら考慮していない。

(3)  また原審判はその参考人として菅井実ただ一人を審尋しているに過ぎず、この点なお審理不尽であり、抗告人はなお参考人として山口耕一郎、佐藤正夫を審尋して頂き度い。

以上のとおりであるから、抗告人はここに「原審判を取消す。本件を新潟家庭裁判所三条支部に差し戻す。」との裁判を求めるため、本件抗告に及ぶ。

第二、決定の理由

抗告人および被抗告人の父である被相続人山田太郎の遺産が原審判説示の不動産で、その価額が合計金四一二万九,三〇〇円であること、並びに抗告人及び被抗告人等の相続分が原審判説示のとおりであることは、原審判の引用にかかる各資料によつて明らかである。抗告人は、右不動産は全部抗告人及びその妻にサがこれを被相続人太郎から、昭和三十年五月十日贈与を受けたものであると主張するけれども、これを認めることのできる証拠はない。また被抗告人藤作、健二及び大井ナミが被相続人太郎から、いわゆる特別受益として、抗告人主張の財産の贈与を受けたことを認めるに足りる証拠はない。

よつて、その分割の方法について考えるに、抗告人は農業を営んでいる者であり、被抗告人等はいずれも原審判説示のとおり農業以外の職業に従事している者であるから、抗告人の農業経営に支障なきよう本件遺産に属する不動産はすべてこれを抗告人の所有とし、被抗告人等にはその取得すべき不動産の価額を取得せしめることも一方法であり、原審判のとつた分割の方法は、当裁判所も相当と考える。他に以上の判断を左右するに足る資料は存しない。抗告人は、被相続人の金銭債務を考慮に入れないでした本件審判は不当である旨主張するけれども、遺産分割の対象となるものは、被相続人の有していた積極財産だけであり、被相続人が負担していた消極財産たる金銭債務の如きは相続開始と同時に共同相続人にその相続分に応じて当然分割承継されると解せられ、遺産分割によつて分配せられるものでないから、抗告人の主張は、これを採用することができない。

してみると、原審判には何等違法不当の廉あることなく、本件抗告はその理由がないから、これを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 鈴木忠一 判事 菊地庚子三 判事 加藤隆司)

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